帰(けえ)りてえが口癖の経理マンのチラ裏

日常に文章を書く時間をもう少し取り入れwrite思って始めました。

いわゆる「自販機スキーム」を巡る東京地裁判決について

消費税界隈では有名な租税回避として表題のようなやり口があります。これを利用して不動産賃貸業を営む法人(同族会社、原告)が、消費税について約2,500万円を還付金額として記載した確定申告をし、国はこれに対し還付税額を生じないと指摘した結果、原告が訴えを起こしたというのが訴訟までの簡単な経緯です。


東京地裁は国の主張を認め、原告が全面敗訴しました。控訴が期限までにされなかったため、本件に係る判決は確定したようです。しかし、私はこの地裁の判断に大きな疑問を持ったため、この記事を書くに至りました。


なお、判決文そのものは調べても見当たらなかったので、私の知る事実は税務通信が記事にしているところを限度とします。

裁判の概要

前提事実(時系列順)

H24.8.7 設立、同日から課税事業者の選択の効力発生
H26.11.26 賃貸用不動産購入の契約締結
H26.12.11 清涼飲料水メーカーと自販機の設置に関する協定を締結
H26.12.15 課税期間の変更(従来の毎年12.1-11.30を毎年12.25-12.24へ、定款で事業年度そのものの変更?)
H26.12.18 自販機を設置
H26.12.23 メーカーの従業員がこの自販機の売上高を確認
H26.12.24 同不動産の所有権を取得


上記について、原告・被告双方に意見の相違がない点

  • この不動産の購入は課税仕入れに該当し、この購入対価に係る消費税額は仕入税額控除の計算基礎となる。(当時はまだ居住用不動産を購入した場合の規定がない)
  • 自販機の売上高に係る手数料収入は、原告の課税売上高を構成しうる。
  • 本件に係る課税期間は、H26.12.1-H26.12.24である。

原告が申告基礎とした解釈

本件課税期間における課税売上割合(※)は100%である。分子に算入すべき金額は自販機手数料の112円、分母に算入すべき金額は同じく112円として計算した。


(※)課税売上割合
消費税では、事業者は他の事業者に支払った消費税を顧客等に転嫁するものという前提で、納付税額の計算上その支払った消費税額の控除を認めています。非課税の売上が大きい事業者は消費税を顧客等に転嫁できていないことになり、この前提から外れます。


上記の前提を基礎とした原則としては、支払った消費税を全額控除することを認めます。一方で売上の大部分が課税であるとはいえない(95%未満)ならば、控除税額は支払った消費税額の「一部」とする、という規定になっています。


この割合の計算式は、以下の通りです。
分子:課税売上高
分母:課税売上高+非課税売上高


自販機の手数料収入が課税売上高を構成するのは明らかなので、「その収入時期が本件課税期間内にあるならば」原告の算定方法は正しいものとなります。

国の主張(=東京地裁が認めたもの)

本件自販機収入は、H26.12.31を経過した時点であるため、本件課税期間における課税売上高は0円である。

  • 消費税法では、課税標準となる対価の額を「対価として収受し又は収受すべき一切の金銭等」と定めている。
  • これから、対価を収受する権利が確定した時点で課税売上が発生したものと解するのが相当。
  • 本件に係る自販機メーカーとの契約では、販売手数料は「毎月末締、翌月15日払い」とされている。
  • この事実から、各月1日から末日までに提供した役務の対価として、本件手数料に係る債権が発生すると解するのが相当。
  • 本件では、毎月の最後の売上高確認日までの売上高に基づき販売手数料が計算されていたが、それは販売手数料の計算のための便宜によるものだ。
  • その行為によって債権が発生する日に変わりはない。

本件判決に係る私見

課税売上割合が95%未満といえるか?

上記でも述べた通り、仕入税額控除というのは「原則」支払った消費税額の全額控除を認め、「課税売上割合が95%未満である場合には」控除税額を制限する書きぶりになっています。

事業者が、国内において行う課税仕入れについては、その属する課税期間の課税標準額に対する消費税額から、当該課税期間中に国内において行つた課税仕入れに係る消費税額につき課された又は課されるべき消費税額の合計額を控除する。(消法30①、一部削除修正)

前項の場合において、当該課税期間における課税売上割合が百分の九十五に満たないときは、同項の規定により控除する課税仕入れに係る消費税額の合計額は、同項の規定にかかわらず、次の各号に掲げる場合の区分に応じ当該各号に定める方法により計算した金額とする。(消法30②、一部削除)

本件手数料収入が本件課税期間に帰属しないのであれば、課税売上割合の分子は0円となりると同時に、分母も0円となります。これでは計算不能であるわけですが、これを「95%未満である」とするには無理がありませんか。


この消費税法30条の1項と2項の位置づけは、1項が原則であるのに対し2項が例外という位置づけです。要件の厳格性は、原則より例外の方が強く求められるべきです。下記の記事の江川さんのくだりでも書きましたが、契約自由の原則がありながら、明文規定はないけど空気読んでその自由を行使するなという主張は、自由の原則が際限なく制限される余地を孕んでいます。それでは原則という語そのものの意義が揺らいでしまいますから、例外の要件設定と運用は厳格に行われなければなりません。


本件に話を戻すと、例外規定の適用要件として「95%未満」を採用している以上、課税売上割合をPとすると、Pは当然に計算可能であり、かつ、 0%≦P<95% を満たすことが要求されていると解釈すべきではないでしょうか。他に非課税売上に該当する収入があったか否かは記事にありませんが、実務上頻出する非課税売上である預金利息収入の入金時期は2月と8月です。それ以外の可能性も、これだけ課税期間に気を揉んでいる会社ですから、そんな事実を許すはずがないとも推定できます。

売上高の計上時期を一義的に拘束すべきではない

なんで課税標準についての規定を参照した?

東京地裁は課税標準についての規定を用いていますが、まずこれに強い違和感があります。課税標準についての規定は、消費税を乗じる前の被乗数の測定を目的としているため、そこから課税売上が発生した時期を文理解釈するのはいかがなものでしょう。


消費税の課税の対象というのは資産の譲渡、資産の貸付け、役務の提供の3種が挙げられており、この3種の事実が発生した時期が最も重視されるべきはずです。課税標準の規定の書きぶりは、これら3種の行為が行われたのであれば当然にその対価相当額も算定できるという前提に基づいているのではないでしょうか。

課税売上の計上時期

売返通達からの批判
売上に係る対価の返還等では、以下の通達があります。

課税資産の譲渡等に係る売上割戻しについては、次に掲げる区分に応じ、次に掲げる日に当該売上割戻しを行ったものとする。


(1) その算定基準が販売価額又は販売数量によっており、かつ、当該算定基準が契約その他の方法により相手方に明示されている売上割戻し 課税資産の譲渡等をした日。ただし、事業者が継続して売上割戻しの金額の通知又は支払をした日に売上割戻しを行ったこととしている場合には、これを認める。


(2) (1)に該当しない売上割戻し  その売上割戻しの金額の通知又は支払をした日。ただし、各課税期間終了の日までに、その課税資産の譲渡等の対価の額について売上割戻しを支払うこと及びその売上割戻しの算定基準が内部的に決定されている場合において、事業者がその基準により計算した金額を当該課税期間において未払金として計上するとともに確定申告書の提出期限までに相手方に通知したときは、継続適用を条件に当該課税期間において行った売上割戻しとしてこれを認める。

割戻しには計算期間が設けられている場合も多分に想定される中、割戻しの計算基準に問わず、相手方への通知日に売返として計上することを認めています。これに通知日による基準を設けている一方で、本件には通知日による収益計上を認めない合理的な理由があるのでしょうか。


歴史的会計慣行からの批判
消費税は通達において、売上の計上時期について、別段の定めがある場合には法人税の益金算入時期によることができるとしています。これは実務を考えたら、両者の収入等時期に多くの差異を設けると混乱するため、その回避等を目的としているのでしょうから、一定の合理性があります。


旧法人税基本通達2-1-2では、

棚卸資産の引渡しの日がいつであるかについては、例えば出荷した日、相手方が検収した日、相手方において使用収益ができることとなった日、検針等により販売数量を確認した日等当該棚卸資産の種類及び性質、その販売に係る契約の内容等に応じその引渡しの日として合理的であると認められる日のうち法人が継続してその収益計上を行うこととしている日によるものとする。

とされていました。「検針等により販売数量を確認した日等」により収益計上することを容認しています。このような多様な基準を認めている背景には、法人税は課税所得の計算基礎である益金損金の額すべてを定義できておらず、多くを、一般に公正妥当な会計基準により計算された収益費用の額によっていること。その参照先である会計は、もともと一の理論から演繹して行われていたものではなく、個々の態様に沿う範囲内で様々な合理的な基準により行われてきた歴史的慣行があります。


上記の通達は棚卸資産を対象としたもので、本件自販機にある飲料は原告の棚卸資産でないことは事実ですが、他人の棚卸資産につき検針日等の基準によることはそんなに暴論でしょうか。どちらも、同一の事実、その自販機の販売という事実により、収入を得ることができるのであれば、一方に検針日等の基準を認め、他方に認めないというのは整合性が確保できないのではないでしょうか。


消費税法文理からの批判
消費税法では課税の対象を

国内において事業者が行つた資産の譲渡等には、この法律により、消費税を課する。(消法4①、一部削除)

資産の譲渡等 事業として対価を得て行われる資産の譲渡及び貸付け並びに役務の提供をいう。(消法2①八、一部削除)

としていますが、では計算期間の末日を迎えなかったからといって、それは本件課税期間中に役務の提供が行われなかったことを意味するのでしょうか。現実に自販機には売上が記録されており、それはその設置スペースを用意する形で原告が提供した役務による結果に他なりません。対価の額については確かに確定していないものの、現実に役務の提供が行われたのであれば、例え見積り額でも課税売上として認識すべきというのが文理解釈上自然ではないでしょうか。


先の批判と重複しますが、消費税の課税の対象を定めた規定が、税額測定のための規定を重視するあまり軽んじられているのではないでしょうか。本件は課税標準額の測定が争点ではなく、資産の譲渡等の帰属、すなわち本件手数料収入に係る役務提供を、本件課税期間中に行った資産の譲渡等をいえるか、法4の解釈の問題です。