帰(けえ)りてえが口癖の経理マンのチラ裏

日常に文章を書く時間をもう少し取り入れwrite思って始めました。

毎日新聞の減資から見る法人税制

共同通信の報道によると、株式会社毎日新聞社(以下、毎日新聞社)は1/15に開いた臨時総会において、3/1付で資本金の額を4,150百万円から100百万円へと減少させ、同時にその他資本剰余金の額をその減少額相当分増加させることが決議されたそうです。(決議といっても、同社は持株会社の完全子会社なので、議案に上る土壌があった時点で否決される余地などなかったはずですが)


この記事では、この決議により同社が税優遇措置を受けられるとしていますが、じゃあその優遇措置ってどんなものがあるのでしょうか。また、本件に係るヤフーニュース記事へのコメントには同社を責める論調が強いですが、それに対する私なりの見解を書いていきたいと思います。


そもそも資本金、資本剰余金の違いは?

主として配当可能か否かがあります。配当というと一般的には利益配当、つまり利益剰余金を原資とした配当のことを指すのですが、資本剰余金も原資とすることができます。資本金は配当できません。


したがって資本金のままだったら金銭等が社外に流出することはなかったものの、資本剰余金に振り替えたことにより株主の決議次第で社外に流出する可能性も考えられるため、議決権を持たない債権者からは財政基盤がよわよわになったように見える面があります。


資本金の額が少額である法人に対する法人税制

法人税法の規定

  • 原則コストにできない費用の容認(貸倒引当金)
  • コストに入れられる限度額の拡充(欠損金の繰越控除)
  • 軽減税率

上記の規定適用の対象者は、各事業年度末日における資本金の額が1億円以下の普通法人で、大法人による100%支配関係があるものを除いたものです。


毎日新聞社には持株会社による100%支配関係がありますが、その持株会社の資本金の額は500万円であるため大法人には当たらず、これらの規定適用の対象者となります。

租税特別措置法の規定

  • 軽減税率(※2)
  • 控除税額の拡充(試験研究)
  • コストに入れられる限度額の拡充(各種特別償却、交際費(※1)、少額減価償却資産)
  • コストに入れられる限度額の計算方法の選択肢の拡充(貸倒引当金(※2))
  • 適用が停止されている還付の容認(欠損金の繰戻し還付(※1))

上記の規定適用の対象者は、次の通りです。
(※1):法人税法で述べた対象者と同じです。
(※2):(※1)から適用除外事業者(過去の所得金額を基礎として計算した一定の金額が15億円を超える場合のその法人)を除いたもの。
それ以外:(※2)から、①発行済株式の過半数を同一の大規模法人に所有されているもの、②発行済株式の2/3以上を大規模法人に所有されているもの を除いたものをいいます。


いよいよ携帯電話のプランみたいになってきましたね。租税特別措置法の書きぶりは複雑怪奇(特別措置なので、そうならざるを得ない事情はありますが)なので、適用に当たっては細心の注意を払いたいところです。


毎日新聞社は、直近の決算を見るに適用除外事業者にはおそらく該当せず、大規模法人に所有されている事実もないため、これらの規定すべての適用対象者であると考えられます。


なんとなくずるく思えるけど……

この原資は合法? 違法?

資本金の減少は、会社法により認められた行為であるため合法です。株主総会による決議が要求されます。

株式会社は、資本金の額を減少することができる。この場合においては、株主総会の決議によって、一定の事項を定めなければならない。(会社法447、一部修正)

ルールの範囲内なら何をやっても自由、私法自治の原則

私法(私人同士の関係を規律するための法律。会社法はこれに含まれます。)の世界では、ルールに反しない限り自分に最も有利となるような私法形成が行えます。


例えば会社法は資本金を減少させることを認めていますが、減少させる資本金の額は効力発生日における資本金の額を超えてはならない(=効力発生後に資本金の額がマイナスになってはならない)ともされています。後段の要件を満たせば問題ありませんが、満たさなければ、その株主総会でされた決議は無効となります。


毎日新聞社は効力発生後の資本金を1億円としていますし、その他にもおそらく瑕疵はないでしょうから、否認されるべき謂れはありません。

租税回避って新聞とかでたまに見るけど、この件は違うの?

脱税と似た言葉に租税回避って言葉がありますよね。これらはどう違うのかというと、脱税は隠蔽・仮想に基づく税金のちょろまかしです。平たくいえば嘘を吐いて税負担を免れることをいいます。


一方租税回避というのは、課税要件に該当することの回避や、減免要件を形式的には該当させる行為を指します。これと節税との違いは、その租税法が予定しているものか否かといった別があると理解されますが、租税法の気持ちを理解するのは難しいですから、その境界をはっきりとさせることは難しいですが、私は本件は租税回避には当たらないものと考えました。詳細は後述します。

この決議を否認できるような規定ってあるの?

あるにはある止まりですが一応。同族会社等の行為又は計算の否認規定というものがあります。

税務署長は次に掲げる法人に係る法人税につき更正又は決定をする場合において、その法人の行為又は計算で、これを容認した場合には法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるものがあるときは、その行為又は計算にかかわらず、税務署長の認めるところにより、その法人に係る法人税の課税標準若しくは欠損金額又は法人税の額を計算することができる

一 内国法人である同族会社

以下略(法法132①)

同族会社というのは、会社の株主等の3グループ以下がその会社の株式の過半数を所有している場合のその会社をいいます。毎日新聞社は持株会社1社(1グループ)に100%(過半数)の株式を所有されていますので、同族会社に該当します。


同族会社というのは、それ以外の会社と比べて身内で意思決定ができてしまう、自治が働きにくいといった特徴があります。時には会社、究極に利益を追求する団体としては取り得ないような行動等をとることも厭わないことも十分に想定しえます。そのような行動により税負担を不当に免れては課税の公平性が保てないため、税務署長にそれを阻止するための権限が与えられている格好です。


税負担を不当に減少させる~という要件がある以上、その法人の行為計算が租税回避行為に当たることが前提のように読めます。なので税務署長が租税回避と認定すれば、資本金を減額した事実を否認して、これまで通り大法人として計算した金額による更正処分も条文上可能といえば可能ですが……。

減資みたいな行為を否認された前例はない?

上記の税務署長による行為計算否認の行使が司法により是認された例は多数あるのですが、見てみると過大な役員給与の損金算入否認、役員の出張に同行した家族の旅費の賞与認定、親族等のために市に支出した寄附金の賞与認定、役員にした無利息貸付けの給与認定、資産の低額譲渡につき時価と対価との差額の益金及び寄附金認定、資産の高額買入れにつき時価との差額につき贈与認定等、現実に収益又は費用が生じる場合の、その認識又は測定に係るものしか見当たりませんでした。


資本金の額の減少はそれ単体で収益費用を伴う類の取引ではないので、もし本件に行為計算否認がなされれば、司法上は前例のない行政処分となるのではないでしょうか。
そもそも資本金で担税力に応じた措置が取れるの?
そもそもこれら税優遇の意義は、財政基盤が脆弱な中小規模の法人の資本増強を促すことを目的としているもので、その対象を選定するための物差しとして資本金を用いている形です。


毎日新聞社は、おそらくこの税優遇を目論んで減資をしたのでしょうが、そもそもこれは租税回避に当たるのでしょうか。本来の趣旨に照らせば、毎日新聞社を資本増強を促す必要がある法人とまで見ることはなかなかに困難であることに異論はない(平たくいえばずるい)でしょうが、一方で節税との違いは租税法による予定の有無と解されるいうのは上に述べたとおりです。税優遇を受けるために資本金の額を抑えるというのは、決して複雑怪奇な演繹と私法上の形成を経て実現されるものではなく、至ってシンプルなものです。これを法人税法が予定しているものではない、租税回避だと主張するのは苦しいのではないでしょうか。


感覚的にずるいと思えるようなことがまかり通ってしまうのは、偏にルールが悪いと思っています。本件で一番責められるべきは、法人税という収得税の担税力を図ることについて資本金の額というストックに関する指標への依存度が高い法律を、多少メンテしてきたとはいえ根幹部分は放置してきた立法府に帰属するのだと思います。


*****よだん*****

江川卓さんの「空白の一日」に思ったこと

私はよく、ルールに則ってとった行為等が感覚的にずるいと思えるのなら、それはルールが悪いという考え方をよくします。個人の規律ある行為等を促すためのルールであるはずなのに、随所で「良識に任せる」ような運用では、ルールそのものの存在意義に疑問符が付きますし、ルールに縛られる側にとってはどれだけ約束を守っても裁量で悪者とされてしまう不透明感が生まれます。


これは、ウィキペディアで元読売ジャイアンツの投手、江川卓さんの空白の一日の一連の流れを読んだ時に初めて得た考え方でした。江川さんは1977年11月に行われたドラフト会議でクラウンライター(現埼玉西武)から指名を受けましたが、江川さんは同球団と契約することはありませんでした。


ここでドラフト制度に触れると、アマチュアとプロ野球球団との契約を秩序あるものとするため、球団はドラフト対象選手とドラフト会議前に契約してはならない、ドラフトで指名された選手との独占交渉権はその指名した球団だけが持つというルールがあります。


独占交渉権は翌年のドラフトの前々日までとされていました。また、ドラフト対象選手は「日本の中学・高校・大学に在学している者」でしたが、江川さんがクラウンライターとの契約を蹴った翌年、NPBは同氏をドラフト対象選手とするためにドラフト対象選手を「日本の中学・高校・大学に在学した経験のある者」に改正しました。


しかし、その発効日が問題でした。「次回ドラフト会議当日(1978年11月22日)」から発効するとされていたのです。西武(クラウンライターから引き継ぎ)が持つ江川さんとの独占交渉権は1978年ドラフトの前々日(1978年11月20日)に消滅し、江川さんがドラフト対象選手となるのはドラフト当日の1978年11月22日からですから、その前日、1978年11月21日においては、江川さんと独占交渉権を有する球団はなく、また、江川さんはドラフト対象選手ではないため、ドラフト会議前に契約しても差し支えない、テスト入団扱いにできる状況にありました。


それまで、テレビとかでたびたび江川さんを悪者とするような報道を見てきて、確かに同氏も全くの善意に基づく行動ではなかったのでしょうが、それにしてもルールがお粗末すぎませんかと。すごく悪い解釈をしたのならまだしも、ドラフト対象選手としての地位を失う時期が明記されていない以上、独占交渉権の消滅と共に消失するというのはきわめて自然な解釈ですし、ルールがない限りは契約自由の原則が尊重されるべきです。自然に有するべき権利が明文なしで制限されてしまうことの方が危ういと思いませんか。