帰(けえ)りてえが口癖の経理マンのチラ裏

日常に文章を書く時間をもう少し取り入れwrite思って始めました。

桐生ココが天音かなたに寝坊罰金として100万円を支払った場合の課税関係は?

去年から在宅で仕事をすることが多くなりました。それでYouTubeを見る機会も増えて、いつの間にかVTuberの動画や配信を追う生活になっていました。


タイトルに掲げた両名は株式会社カバーが運営するホロライブという事務所に所属している方々です。現在では20名を超える配信者が所属しており、デビュー時期等で〇期生のように大まかなカテゴライズがされています。このお二方はともに4期生で、とても仲がよく現在では同居するまでに至り、同居までの過程なども雑談配信で度々取り上げていました。


その中で同居するにはルールが必要だという話になり様々な話し合いがされました。そのルールの中に「配信予定時間に寝坊してそれを他方が起こした場合、寝坊した人はその他方に100万円を支払う」というのが設けられました。


そして先日1月16日、桐生ココさんは8:00から配信開始と告知を打っていたのですが、開始予定から2時間経っても姿を現さないという事態が起きました。「#ゆっくり寝ろ桐生ココ」がツイッターでトレンド入りをしたので、目にした方も多いかもしれません。100万円チャンスかとも思われたこの場面ですが、深夜に及ぶ配信の影響したのでしょうか。同居人の天音かなたさんも起床が遅く、結果としてかなたさんに起こされる前にココさんが放送を開始したため、100万円の支払いに係る権利義務が成立することはありませんでした。


実現こそしなかったものの、もし実現されていたらどういう課税関係が生じたのだろうと考えるにはいい事象だと思い、ジョークの一環として考えてみることにしました。


(2021/1/19追記)
会長の名前で検索した誰かをクスっとさせることができればいいなくらいの思いで書いたものが、まさか本人を始め想像以上に多くの方に見ていただけたようでとても嬉しいです。反響の中で、贈与税はどうなるんだという疑問を持たれている方が何人かいらっしゃいました。私もこの記事を書くに当たって、下記の通り検討していました。

  • 何人たりとも合法的な経済活動を行うことに制限を受けるべきではありません。対価が高額でも、両者が合意した契約に基づき、寝坊を起こすという為す債務の履行と引き換えに稼得する金銭は贈与契約による受贈とは一線を画し、課税所得を構成すべきというのが原則だと考えました。ただし、それが租税回避行為に繋がる場合にはこの限りではありません。
  • 租税回避行為とは、自分が死ぬ前に子にいくらか財産を承継させたいけど、贈与税は高い、といった場合に、じゃあ役務提供を依頼した体にして財産を渡そう、というような動機による行為をいいます。損益通算や金額次第では所得扱いとする方が有利な場面もあるでしょう。
  • ただ、贈与税というのはそもそも相続税の補完税です。死ぬことに基づく財産の移転に税が課されるなら、じゃあ死ぬ前に移転させればいいんじゃないの? を抑止するための税です。お二方はおそらく互いに親族ではなく、不幸があったとしても他方の同居人が相続人となることはないでしょうから、贈与により財産を早期に承継させたいという動機が認められず、租税回避行為とは取られないであろうと思いました。
  • 以上から租税回避行為が見受けられないなら当事者同士の合意を尊重すべきというのと、贈与税扱いだと課税価格から110万円引いて税率テーブルにぶち込んでくださいで終わってしまって面白くないので、所得課税扱いとしました。


所得課税

この約束は、配信機会を確保するため寝坊を防止するという成果が生じた場合にのみ報酬が発生することから、民法の典型契約でいえば請負の性格が強いものと言えます。一方で、類似する他のサービス、例えばモーニングコールと比較した場合に単価が相当に高額である点を留意しなければならないでしょう。


なお、お二方が個人で活動しているか法人成りしているかは不明であるため、両方の場合を考えていきます。


受取人

個人の場合

100万円を、原則として寝坊を防止した時の属する年の総収入金額に算入します。所得の分類は雑所得です。現金主義を採用することについて税務署長から承認を受けている場合には、現実に現金を収入した日の属する年の総収入金額に算入します。


法人の場合

100万円を、寝坊を防止した時の属する年の益金の額に算入します。


両者間で表現は多少異なるものの、100万円が課税所得を構成するという点に変わりはありません。


支払人

所得税、法人税ともに課税所得から差し引く費用等は、原価、販売費・一般管理費、損失の3種に分けられています。この100万円は特定の配信と紐づくものなので、原価を構成するものと考えられます。


個人の場合

100万円を、原則としてその寝坊直後の配信が終了した時の属する年の必要経費に算入します。現金主義を採用することについて税務署長から承認を受けている場合には、現実に現金を支出した日の属する年の必要経費に算入します。


法人の場合

100万円のうち、時価相当額をその寝坊直後の配信が終了した時の属する事業年度の原価とします。時価相当額を超える部分については現実に支払った日の属する事業年度の販売費および一般管理費として損金の額に算入した後、寄附金の損金算入限度額を超える部分を加算調整します。


まず、個人と法人とで処理が異なりますね。個人の場合には100万円全額が原価となるのに対し、法人の場合には時価相当額までしか原価と認められず、残りは寄附金扱いとなります。これは、情でも動き得る個人と利益を究極に追及する法人という、動機の異なるごとに制度設計がされているためですね。法人は時価を超えて費用を払うことはないだろうということで、100万円はサービスの対価+寄附という認識をします。


また、各々の収益・費用の計上時期にも注目です。受取人は寝坊を防止した時、即ち請負契約を完了した時に課税所得を構成するのに対し、支払人は配信が終了した時を基準としており、寝坊を防止された時、即ち起床時間は関係ないこととなります。支払人において、この100万円が販売費及び一般管理費として認識されていれば受取人の収益計上と同時に費用計上すべきこととなりますが、上で述べたようにこれは特定の配信に紐づく原価の性格が強いため、課税所得計算上債権債務の確定より収益との対応の方が重視されるためです。


なので、例えば一方が2021/12/31の23:30の配信に寝坊し、他方が23:50に起こし、翌日0:00から配信を開始し1:00に終了した場合には、起こした人は2021年の雑所得として100万円を計上すべきこととなり、寝坊した人は2022年の必要経費として100万円を計上すべきこととなり、両者の収益費用の計上時期はずれることとなります。


消費課税

消費税は原則として対価の額に応じて課税されますので、対価が高額であろうと低額であろうと粛々と処理するだけです。計上時期の留意点としては、所得課税では支払人において配信が終了した時に費用計上すべきであるのに対し、消費課税では寝坊を防止された時に課税仕入れを認識すべきものと考えられます。


消費税の課税仕入れの時期については基本通達で

(課税仕入れを行った日の意義)

11-3-1 「課税仕入れを行った日」とは、課税仕入れに該当することとされる資産の譲受け若しくは借受けをした日又は役務の提供を受けた日をいうのであるが、これらの日がいつであるかについては、別に定めるものを除き、第9章《資産の譲渡等の時期》の取扱いに準ずる。(一部削除)

とされており、じゃあ9章はと見てみると

(請負による資産の譲渡等の時期)

9-1-5 請負による資産の譲渡等の時期は、別に定めるものを除き、物の引渡しを要する請負契約にあってはその目的物の全部を完成して相手方に引き渡した日、物の引渡しを要しない請負契約にあってはその約した役務の全部を完了した日とする。

とあります。この文中でいう「その約した役務の全部を完了した日」とは寝坊を防止した時の属する日に他なりません。別の通達で、

(資産の譲渡等の時期の別段の定め)

9-6-2 資産の譲渡等の時期について、所得税又は法人税の課税所得金額の計算における総収入金額又は益金の額に算入すべき時期に関し、別に定めがある場合には、それによることができるものとする。

とあり、費用計上時期と整合させることができそうですが、原価に係る処理は別段の定めには該当しないでしょう。なので一旦、
(借方)手数料909,091円(貸方)未払金1,000,000円
(借方)仮払消費税90,909円
とし、配信終了が年を跨ぐ場合には、
(借方)棚卸資産909,091円(貸方)手数料909,091円
と記帳するのが税務申告の際の負担が少なくて済むのではないでしょうか。